すごい作品でした。
この作品は三陸のある波伝谷という集落を10年以上追い続けて作り上げられたものです。
監督である我妻和樹氏は2005年からこの集落にある「お獅子さま」という伝統行事を中心に集落を撮影し始めました。
当初は民俗調査だったようですが,次第に集落の人々に魅せられていくようになったようです。
そんな中,2011年に東日本大震災が起こり,海沿いの集落であった波伝谷は津波により壊滅的な被害を受けました。
この映画では,そこから日常を取り戻そうとする人々のさまざまな願いや葛藤が描かれています。
監督のバランス感覚がすごい
私がこの映画で一番感銘を受けたのは監督の姿勢です。
こういった題材を扱った作品の中には,作者が作中人物にいわゆるマイノリティ憑依してイデオロギー臭プンプンになってしまうものも多いですが,この映画はそんなことはありません。
安易にマイノリティ憑依するわけでもなく,かといって当事者になりきれるわけでもなく,微妙なバランスの上で撮影されていることが分かります。
時には酔っ払って自分の思いを吐露したり,そういった監督自身の葛藤も見どころです。
バランス感覚を失わずにこういう作品を作ることがいかに難しいことであるかがよくわかります。
なお,マイノリティ憑依についてはこちらを参照
村社会について考えさせられた
もう一つ考えさせられたのが,伝統的な日本の村社会(以下村社会とします)についてです。
村社会については,閉鎖的,しがらみが多い,相互監視がきついなどと批判される面も多く,私も正直なところそういう社会は息苦しくて嫌いです。
しかしこの映画に出てくる波伝谷はまさにそれ,直球どストレートの村社会。
しかしこの映画を見ていると,そういう社会が厳然と存在していること,多くの人のよりどころになっていることが分かります。
その象徴がこの映画のテーマでもある「お獅子さま」です。
震災から1年も経ってない段階で,みんな日々の生活を送るのにいっぱいいっぱいなんですよ。
そんな中でなんで無理して「お獅子さま」をやらないといけないのか。
道具もなくなっちゃったし集落のみんなもバラバラになっちゃってるし,それを復活しようというのは,資金の面やいろんな調整など面倒くさいことこの上ないです。
でも結局は多くの人がそれを求めていたことが分かります。
面倒くさいけどそれをやることが自分たちのアイデンティティや人々のつながりの再確認,ひいては復興への道しるべにもなるという。
村社会が人々の救いになっているという事実をまざまざと見せつけられます。
そう考えると安易にそういった村社会を批判するのはどうよって思うわけです。
Wikipediaの「村社会」とかかなりひどく一方的な書きようです。
この記事は極端だとしても,いわゆる知識人層って村社会に合わず都会へ出て行った人が多く,批判が偏りがちではないでしょうか。
村社会側の論理について取り上げられているものは多くないように思います。
この映画はそういった傾向に対してのアンチテーゼでもあるのではないかと感じました。
閉鎖的とされる村社会も,開放的とされる都市的社会も,どっちが優れていてどっちが劣っているとか考えるのがそもそも間違いではないかと私は考えました。
都市的社会はそれはそれで昨今さまざまな問題が噴出してきているわけですし。
仏教徒とキリスト教徒の違いみたいなもので,自分に合わないなら合う方に行けばいいだけの話で,いたずらに相手方を非難する権利などないのではないでしょうか。
そういう悪とされがちな村社会についていろいろと考え直すことのできた点でも素晴らしい映画でした。
まとめ
監督の姿勢や社会のあり方など,見るべきところがたくさんある大変よい映画だと思います。
もっと多くの人に見てもらいたい作品ですが,なかなか見られる機会が少ないのが残念です。
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