最近この本を読み返して,前に書いたものとまったく違った感想を持ったので書き直します。
この本は
「当事者」とは?「当事者」になるためにはどうすべきか?
が主なテーマだと思います。
なぜ「当事者」か
当事者?何のこと?と思われるかもしれません。
なんでこんなことをテーマにしているのかというと,今の世の中でこの当事者性を欠いた言説があまりにも多いからです。
客観性を欠いた報道にしてもそうですし,感情的な言葉が飛び交うSNSにしてもそうです。
著者の佐々木氏はこれらの要因の一つに当事者性が欠けていることがあるのではないかと問います。
しかし,多くの人はこれに賛同しないかもしれません。
なぜなら,これらの多くは無意識のうちに行われているからです。
それを著者は「マイノリティ憑依」と呼びます。
「マイノリティ憑依」とは?その問題点とは?
「マイノリティ憑依」とは,自分がマイノリティ(弱者)に憑依したかのように乗り移り,弱者の主張を装って自分の主張をすることであります。
これの何が問題なのかというと,まず一つは自分の立ち位置を見失うことです。
憑依をするということは,自分の立場を捨てて,自らは弱者として振る舞うようになることです。
本書では,ベトナム戦争中のベトナム人の立場に憑依し,日本人としての立場をスルーしてアメリカを批判した本多勝一氏が例として挙げられています。
本来私たちは自分のことを被害者・加害者とか正義・悪のように単純にどちらかの立場に立てるわけではありません。
例えば第二次世界大戦の日本人のように,侵略者としての一面も持っていれば,アメリカからコテンパンに殺された被害者としての一面も持っています。
一つの時代だけをとらえてもそうなのですから,時間軸も加えて多層的に考えるととても複雑なものになるでしょう。
ですから常にその立ち位置はグレーで,よほど注意していないと自分の立ち位置が分からなくなってしまいます。
しかし,本多氏は自らの日本人としての立ち位置を捨ててベトナム人の立場に憑依して,自らは絶対的な被害者,戦争相手のアメリカは絶対的な加害者として批判をします。
でも実際にベトナム人になるわけでもなければ,彼らに寄り添うわけではありません。
ベトナム人に自分の主張をさせるために一時的にその立場を借りるだけです。
マイノリティ憑依するということは,自らの立ち位置を絶対的な正義にしてしまうということでもあります。
本来の自分の複雑な立ち位置を捨ててしまうので,単純化された被害者の立場に立てるわけです。
これの怖いところは,自分が絶対的正義になってしまい,自分たち被害者以外はすべて悪というとても単純な論理に陥ってしまうことです。
こういった主張ってツイッターとかでもよく見ませんか?
私は○×だから正義→私に反対するものは悪→だから叩いてもよい,という理論。
佐々木氏は本書で,ソーシャルメディアは人々を否応なく当事者化していく,と書いていますが,意外とそうでもないのかなあという感じがしています。
どうすればいいのか?
こういう人たちの議論?というか感情的な応酬を見ていても分かるように,こうなってしまうと感情が突っ走るばかりで建設的な議論はできません。
自分を絶対化して半ば神のようになっているのですから当たり前ですよね。
後はどれだけ自分が神に近いかを争うくらいです。
しかしそれでは何も生まれないし何の進歩もありません。
どうすればいいのでしょうか?
著者が提示するのは,「当事者になれ」ということです。
本書では,東日本大震災の時の河北新報を例としてあげています。
新聞社というのはマイノリティ憑依が日常的に行われているところです。
自らが主張したいことと合致する超マイナーな市民運動や極めて特殊な例を取り上げることが多いのに,大多数の市民の声を取り上げないというのがよくある例です。
しかし,大震災での河北新報は違いました。
なぜなら,多くの地元出身の記者たちが被災者として有無を言わさず当事者の場へ引きずり出されたからです。
自らが当事者になってしまったので,情緒的に被災者に憑依したりすることはできません。
その結果被災者に寄り添う記事が書けたといいます。
しかしこの例を見ても分かるように,当事者になるということは自分の一生に関わり続ける可能性が高い大変なことです。
つまりそれなりに覚悟のいることで,軽々しくその時々に応じてひょいひょい乗り移れるようなものではありません。
そういった意味ではマイノリティ憑依してしまう方が楽です。
人の立場を借りるのだから責任はありませんし,立場も単純化され絶対的な正義も持てるようになるし。
でもやはりそれでは何も進みません。
私もこうやってブログやTwitterなどで何かしらの発信をしている以上,常に自分の立ち位置を見失わないように確認し続けるという作業をコツコツやっていくしかないのだと感じました。
SNSとかをよく使う人は一度は読んでおくとよいと感じました。
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