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『死刑 その哲学的考察』を読んで冤罪について考えた

萱野稔人さんが書いた『死刑 その哲学的考察』を読みました。
私は死刑に反対なので,この本でどういったことが考察されているかに興味がありました。

結論としてはとてもよい本でした。
私が死刑に反対していた理由のうち,言語化できていなかった部分が明確になったからです。

なぜ死刑に反対か

私がなぜ死刑に反対なのかというと,もしも冤罪があった場合に取り返しがつかないからです。

冤罪をなくせばいいじゃないと思われるかもしれませんが,捜査活動を人間が行う以上,100%完璧にするなんて不可能です。神様じゃあるまいし。
100%完璧にできるなんて言う人がいたらヤバいですよ。距離を置いた方がいいです。

そもそも刑事事件じゃない,過去のあるできごとをまとめる場合を考えてみましょう。
関係者がすべて正直に話してくれるような内容でも,記憶違いなどからいつの間にか真実と違ってくることがありますよね。
ましてや犯人が嘘をつくわ証拠を隠滅しまくるわといった刑事事件で,それを直接見たり聞いたりしたわけでもない警察や検察が,いろんな回りくどい証拠を集めて犯罪の事実を組み立てていくわけですから,そりゃあどこかに必ず大小のミスは存在するでしょう。

しかし,この本では冤罪を根絶することができない理由について,それがミスという単純な問題ではないと書かれているのです。

冤罪は防げるか

冤罪が発生する原因の一つに「虚偽の自白」ということがありますが,この本ではその点について次のように書いています。

問題 の 根 は、 逆 に、 捜査 当局 が みずから の 使命 と 正義感 に 忠実 な あまり、 知ら ず 知ら ず の うち に 虚偽 の「 自白」 を 導き だし て しまう こと に こそ ある。

萱野稔人. 死刑 その哲学的考察 (ちくま新書) (Kindle の位置No.2444-2445). 筑摩書房. Kindle 版.

そこ では、 みずから の 職務 に 忠実 で ある こと が、 かえって 虚偽 の「 自白」 を 見抜け なく し て しまう ので ある。「 こいつ は 否認 し て いる が、 本当は やっ た に ちがい ない」「 絶対 に こいつ に 自白 さ せ て、 起訴 にまで もちこん で やる」 という 使命感 の ま え では、「 自分 たち は もしか し たら 勘違い を し て い て、 犯人 では ない 人間 に 虚偽 の 自白 を 強要 し て いる かも しれ ない」 という 意識 は きわめて 希薄 に なる だろ う。 それどころか、 容疑者 が「 自白」 を すれ ば、「 やっと 落ち た」「 自分 たち は しっかり と 使命 を 果たし た」 という 気持ち に なる に ちがい ない。

萱野稔人. 死刑 その哲学的考察 (ちくま新書) (Kindle の位置No.2448-2453). 筑摩書房. Kindle 版.

これは本当にそのとおりで,凶悪事件の犯人は,裁判の結果次第で自分が死刑になったり長期にわたって刑務所に入るなど,自分の人生が大きく左右されます。
否認をとおして少しでも減刑されれば,あわよくば無罪にと思うでしょう。
そんなですから素直に自白する人はあんまりいません。

そんな犯人を相手にする取調官は,「こいつが犯人だ」という強い信念がないと,とても犯人を自白させることなんてできません。

冤罪事件をなくすためには,「犯人ではないかもしれない」という疑問を常に持つことが大切ですが,取調べの席においてそういった邪念を持つと犯人に負けます。
犯人も生きるか死ぬかという瀬戸際で必死に否認してくるわけですから,こちらも全力でぶつかっていかなくては自白なぞ到底得られません。
「犯人じゃないかも」なんて心のスキを持ったまま取調べなんてすれば,たちまちにして犯人につけこまれてやられてしまうでしょう。

実際私が警察官をやっていたときでも,頑強に否認する犯人と対峙していると,「これは本当に犯人が正しいのかも」とグラっときて失敗したことが何度もあります。
でも取調べを他の人に代わってもらうとあっさり落ちたりして,「ちょっとでも信じた俺がバカだった…」と自分の間抜けさに嫌気が差したものであります。

このように,「こいつは犯人だ」という強い信念,半ば決めつけがないと,否認する犯人を落とすことなんてできないのです。
ただ,ほとんどの場合はこのやり方が正しいのですが,中には本当に犯人でない場合も含まれていることが怖いところです。
それらを見分けるのはほぼ不可能です。

そういったことを捉えて,この本では,冤罪は単なるミスではなく排除ができないもの,としています。

まとめ

以上のように,冤罪は構造的に防ぎきれないものであることなどから本書でも死刑には反対という主張がなされています。

この結論に至るまでには,

  • 抑止力としての死刑
  • 道徳的問題としての死刑

などについても考えられており,なるほどなあ,死刑の是非は冤罪の有無を決め手にするしかないよね,という流れになっていきます。

自分がぼんやり考えていたことをしっかりと形にすることができて,とてもスッキリしたのでした。

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