「荒野にて」~転落する人と踏みとどまる人との境界が何であるかがよく分かる映画

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父子家庭でネグレクト気味に暮らす16歳の少年が,父を失ってどんどん転落していくけど最後の最後でなんとか引っかかる話。

「火垂るの墓」との類似点と相違点

本作を見ていて私は「火垂るの墓」の清太を思い起こしました。
親を失いどんどん転落していく様子がとてもよく似ています。
「火垂るの墓」の清太は,親戚の家で我慢すればなんとかなるところを意地を張って一人で生きていこうとします。
この作品でも主人公のチャーリーには何度も公的な援助の手が差し伸べられようとはしますが,チャーリーはそれらを頑なに拒否します。

彼らはどうしてそういう態度を取るのかなあと私は今まで彼らが理解できず,そういう理由もあって「火垂るの墓」は苦手な映画でした。
「清太,そこは耐えろよ節子のためにも」ってずっと思っていたのですが,本作を見ていると彼らの気持ちもしょうがないよなあという感じに思えてきました。
若干16歳にしてほぼ天涯孤独として放り出されたら何も信用なんかできなくなりますよね。
清太に至っては14歳,お前が14歳の時何をしていたと言われたら両親の完全なる庇護を受けてぼんやりとしてましたから。
彼らに合理的な判断を求める方が酷ですよね。

「火垂るの墓」には救いがありませんが,この作品には救いがあります。
唯一の希望であった伯母と再会でき,しかもチャーリーを100%受け入れてくれたのです。
そのおかげでチャーリーはギリギリのところで踏みとどまることができました。
彼女がいなければ彼は犯罪者街道まっしぐらだったはずです。

愛情

そう考えると人間にとって,自分に愛情を注いでくれる人が一人でもいるということは,その人にとってとてつもなく大きな支えなのだと感じました。
チャーリーはたった一人ですがそういう人がいました。だから辛うじて踏みとどまれました。
逆にいえばそういう人が誰もいなくなったときは非常に厳しいとも言えます。

また例え家族がいたとしても,そういう愛情を注いでくれる人がいなければ,その人が転落していくのは無理のないことなのでしょう。
自分も警察官をしていたときにいろんな被疑者と出会いましたが,だいたい合っているかなと思います。
愛情を注いでくれる人がいるのに転落していく人は見なかったです。
1回2回くらいは間違うこともありますけど,ゴロゴロと転落していく人はいないです。
転落していく人の多くは,そういう愛情面について問題があることがほとんどでした。

そう考えると愛とは本当に大切で,ほとんどの犯罪はこの点を解決すればなくなるのではないかと感じました。
しかしそれが難しいのでしょうが。
そういうことを考えさせられるよい映画でした。

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